2018年05月12日

ぼくらマガジン 1970年10号「円谷監督 世界の怪獣王」

bkmg8700fb.jpg

週刊「ぼくらマガジン」1970年の10号。ずっと求めていた本が、手に入りました。

ぼくらマガジンは、'69年11月の創刊から'71年6月の廃刊まで購読していました。現在の家に引っ越しの時に、「少年画報」「少年キング」「ぼくら」「冒険王」などと手放すことになってしまったのですが、ぼくらマガジンだけは今でも残念。

>「円谷監督 世界の怪獣王」

・・中でも、この1970年の10号には特別な記事がありまして。



bkmg8713fb.jpg

この年の1月25日に亡くなられた、円谷英二監督の追悼特集でした。私は小学2年生、8歳でした。


bkmg8716fb.jpg


bkmg8718fb.jpg


bkmg8720fb.jpg


bkmg8721bfb.jpg

>「子どもにゆめを」

追悼の記事は全部で15ページ。その中で、ずっと心に留まることとなった円谷監督のエピソードが書かれていました。

>円谷監督は、子どもが大好きだった。スキーぼうやのサインは、子どもたちのために考えたものだ。だから、おとなの人にするサインには、「子どもにゆめを」とかいた。

8歳の私はこれを読んで、この時、自分も、将来子供に夢を与える仕事をするのだ、と決めたんです。


3月の東京出張での作品展示場での事。拙作「ヤマタノオロチ」の前で、1時間ほどもずっとへばりついて見てくれていた子がいました。あの男の子は、50年近く前の、はたして私の様だっただろうか・・?

そうして、この「ぼくらマガジン」を、もう一度手にしようと思ったのです。円谷監督に報告がしたいと思ったんです。


bkmg8729fb.jpg


bkmg8743fb.jpg

posted by bonso at 20:21 | Comment(1) | 「ぼくらマガジン」
この記事へのコメント
先ごろ復刻もされた本記事ですが、私も当時
同誌を読みました。円谷英二監督の訃報はこの記事
で知りました。

どんな表紙だったのだろうとググってみたら貴殿のブログに行き当たりました。これ家にあったはずなんですよね。時期的に大阪万博に夢中になっている頃です。こんな連載陣だったんですね。

懐かしい写真をありがとうございました。
Posted by 西川GoWest at 2018年12月03日 02:18
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。


sevenan4241.jpg daikaiju8956bf.jpg g1gamera3940.jpg godzilla6294b.jpg
yanagiya9386f.jpg kaibutukun6015.jpg kikaider6049.jpg daimajin5404.jpg mokume8691f.jpg